南相馬修道院からの便り。

コロナの猛威がおさまらず、今年も11年目の3.11を迎えようとしていますが、
また、いろんな行事が中止か縮小を余儀なくされています。
追悼祈念式典を10年を区切りに今年から開催しないと決定した自治体もあります。
毎年3月10日、同慶寺から海岸通りの被災地域を祈りながら巡礼する「いのちの行進」に、
カリタスは私を含め高齢者が多いので部分的に参加し、
無理な所は伴奏車に頼って(いのちの行進と心を合わせて)巡礼をしようかと思っています。
また3月11日、同慶寺での合同慰霊祭は実施の予定です。これらについては4月号に譲ります。
そして3.11の記念については、テレビなどで報道されると思いますので、心を合わせてお祈りください。

11年目になろうとも、3月が近づくと、大地震・津波・原発事故の三重災害を被った方々の 中には、
情緒不安定になる方があると聞きます。
あの時自分がとった行動は間違っていたのでは ないか?
多くの人を見殺しにして自分はここに生きている、私は生きていてはいけないのだとか、生きていることが喜べない。
そんな人々の心に神様が生きる喜びと希望を注いでくださるようお祈りください。


12月末の地方新聞福島民報に、大熊町の一部が帰宅困難区域の解除がされて、
今年の1月 ごろから帰宅準備宿泊が行われるとの報道がありました。
大熊町は東電の社宅が作業員等のために建てられ、早くから入居し、2019年ごろに町役場が新築再開されています。
役場周辺に建てられた復興住宅90戸には全部住んでおられると聞きました。
復興住宅の近くに商業スペースもあり、その区画に準備宿泊のための新しい宿泊施設が建てられ、
この1月にオープンしました。

広場の奥に新築宿泊施設と入浴施設、右手に研修所(リンクルオークマ)


ミニ食堂街(広場の左手)


6月に解除・帰還が実施される地域は大野駅周辺のようです。
一人の男性が準備宿泊のために自宅を訪れて、
避難した時のままの家の中がぐちゃぐちゃになっているのを見て呆然としておられました。
片付けてもなかなか片付かず、自宅の中に泊まるのをあきらめて、庭で車中泊をしておられました。
(新築宿泊施設があるのにやはり自宅がいいのか)家の周りや解除された区域は除染されてはいるものの、
町の全部が全く安全と言うのでもないところに帰還するには相当の覚悟が必要だと感じました。

東京電力福島第一原子力発電所から数キロメートルと言うこの相双地域の
富岡町、双葉町でも町の一部の地域が解除され、ここも準備宿泊が計画され、
来年の帰還実施に向けて住宅建築インフラ等の整備が進められています。
少しずつ住民の帰還を促していますが、10年以上たって故郷に帰りたい思いはあっても、
現実的にお仕事のことなどが解決しなければ、そして子供さんのいる家庭などは学校の問題もありますので、
帰りたいから帰りますと、そう簡単にいきません。

5年半前の2016年7月に解除となったここ小高区も、帰還された方の多くは高齢者で、
現在3800人位(私たちのような移住者も含めて)です。震災前は13000人位の街だったようです。
今は、コロナで人と出会うことがあまりできないので、せめて、こんな者(シスター)が一緒に生活しているんですよ、
と言うつもりで、普段歩かないところを歩いて見ました。
まだまだいたる所に傾いたままの空き家や草ぼうぼうの空き地が沢山あります。
修道院 の周辺もそうです。
北側の2軒続いて空き家ですし、東側は大きな庭があったのでしょうと想像される空き地が6軒分くらい草ぼうぼうです。(写真)
ですから、大熊町、富岡町、双葉町はどこまで住民が帰ってくるのでしょう?
5年半たった小高がまだまだ道半ばであることを見ると、この大熊町や富岡町・双葉町は
もっともっと厳しい道のりをたどっていかなければならないと思います。
小高区よりもっと原発に近い地域ですから。

この地域の人々の努力に神様が力を注いでくださるようにともお祈りください。
復興のための大きな要素である産業についても、汚染水の海洋放出とか、
風評被害などの問題を日本全国民が他人事でなく、自分のこととして捉えて真剣に考え、
生活の中での実際的な支援、心にかけて忘れないという支援と祈りをお願いしたいです。

修道院の東側の荒れ地、ずっと左手にも続いています。(こんな荒れ地がいたる所にあります)

でも暗い話ばかりではありません。そんな街に、パン屋がないと、散髪屋がないと、
電気屋がないと…と言って他の人のために、いち早く帰還の準備を始めた方も、しかも若い人が、
亡くなった親父がやっていた場所で、などと帰還をしようと決意する方々があります。
本当に頭が下がります。このような方がいらっしゃる限り、きっときっと町おこしがうまく進んでいくことでしょう。
心から応援したいと思います。

小高の農地も少しずつ開墾されて、何になるのか分かりませんが、
何とか荒れ地でなくなってくれるようです。少しずつ前に進む希望が見えてきました。

5月ごろの草ぼうぼうの小高の農地


12月整備が始まった同じ農地


今日はここまでといたします。みなさまもお元気で!!

援助マリア修道会南相馬修道院 北村令子



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